うちわの歴史

 

一般には、うちわとは手に持つ部分だけ残して竹を数本から数十本の細長い骨に割り、それに紙や絹を張ったものです。それをあおいで涼をとる道具をいいます。うちわは漢字で「団扇」と書きますが、「団」は「丸い物」を意味し「扇」は風を「あおぐ」という意味です。 最も古いうちわは、紀元前3世紀頃のラムセス2世(エジプト)の墓地の壁面に描かれています。また記録によれば、中国でも周時代にはうちわが使われています。

このうちわは、貴人の体を隠して神秘性を高めるための道具である威儀具として用いた翳(さしば)と呼ばれるもので、現在の大うちわのような形状をした長い柄が付いたものです。 このうちわは、飛鳥時代に日本へ伝わりました。高松塚古墳の壁画に描かれているように、日本では、主に祭祀における威儀行列の道具として用いられたことがわかります。その後、奈良・平安・鎌倉時代には、うちわは公家や役人、僧侶の間で威儀具として発展し、文様を付した豪華なものや絹や鳥の羽など使ったものが用いられました。

戦国時代には軍配うちわとして使用され、役者絵や美人画などを描いたうちわが庶民にも使われはじめたのは、江戸時代のことです。 明治時代の中心は広告うちわです。昭和10年代には、うちわは戦意高揚などの国策に利用されました。昭和30~40年代は俳優や女優の顔や姿で扇部を飾ったうちわで需要を大きく伸ばしたのです。しかし昭和40年代以降、扇風機やクーラーの普及、ポリピレン(プラスチック)を使用した機械生産によるうちわが、伝統的な竹製うちわに換わって急速に普及していきました。 しかし、心地よい風と風情をうみだす手づくりのうちわは現代においても日本の貴重な生活道具で、海外へも輸出される日本文化の一つとして現代に至っています。